SOUTH PARKの住人

1日1記事毎日更新!(という目標) 映画好きです。

Xbox360への愛を語ったりする -黎明期編-

先日のE3の記事でもチラッと書きましたけども、自分のゲーム熱が最高に燃え上がっていた時期が2006〜2010年頃。そして人生で一番ソフトを買ったゲーム機もこれです。何となく思い立ったので黎明期から衰退期まで書こうかなと思います。

 

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ほわ〜ん(起動音)

 

正直発売当初はこの機種に1ミリも興味無かったんですよ。「Xbox」って既に前世代機で負けハードのイメージがついてたし、PS3も価格設定を誤ってスタートからコケている状況。当時は世の中はDSとWii一色だったし、自分の興味ももっぱら『スマブラX』だったので、Xbox360なんて全然見向きもしてなかった。

まあでも初代Xboxにも面白いゲームがあるのは知ってたんですよ。なんせ中学時代の友人のO君がDOAX』(通称エロバレー)のために初代Xboxを購入し、その恩恵でいくつか他のソフトをやらせてもらってたので。『HALO』とか初めてプレイしたときは腰抜かしたし、『叢』とかも映画かと思うくらい次世代感を感じたし。

前置きが長くなりましたが、その後Xbox360に興味が湧いたきっかけの1本のソフトがこちら。


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言わずとしれた、ゲームの歴史を決定的に変えた伝説のRPG、ベセスダが放ったThe Elder Scrolls IV: Oblivionでございます。

当時、パソコン中毒だった自分は、ネットをいろいろと徘徊するうちにこのゲームの冒険日記的なブログを発見(当時からいろんなブログを読むのが趣味だったのですな)。このゲームプレイ内容があまりに衝撃的で、膨大すぎるそのブログの隅から隅まで一夜で読み尽くしてしまったのです。一番最初に食いついたのは「え、殺した相手の身ぐるみはいでパンツ一丁にできるの!?」ってとこでしたね。

それどころか、正義を貫くもよし、悪に染まるもよし、狩りに明け暮れるもよし、魔術の研究に没頭するもよし。そんな途方もない自由度を持ったこのゲームに、当時、半引き籠もりニート兼大学生だった私は虜になってしまいまして、もうこっちの世界に飛び込むしかない!!と思い立ちまして。

そう思って色々調べたら、対応機種はPCとXbox360のみだと判明。しかも日本語版は出ておらず、プレイするには海外からの輸入盤を買うしか存在しないと言う。

でももうこの衝動は収まらず、勢いでヤフオク経由でXbox360を購入。(なぜ正規の販売店から買わなかったかは不明、意外と品薄だったんだっけか) 同時にソフトも購入するため、ゲームファンならお馴染みの秋葉原カオス館から海外盤を取り寄せたのです。

 

いよいよ届いたXbox360本体。止まらないワクワクを抑えながら本体を起動し、前述のほわ〜んの音と共にロゴとメニュー画面が表示される。これが次世代機か!と画面の美しさに感動!!!…とまではこの時点ではいかず。なぜならまだ俺の部屋はブラウン管テレビだったから…。

 

そんなことはどうでもよくて、とにかくオブリビオンを起動。やはりブラウン管でもわかるそのグラフィックの凄さには感動しました。特に、最初の地下道から湖のほとりに出て、広大なシロディールの台地に降り立った時の興奮は今でも忘れられない体験。「ああ、現実を超えた体験がここにあるやん」と打ち震えた。その後、液晶テレビを購入してD端子を繋いだときは、HD画質のあまりの美麗さにもう終始ギンギンで(以下略)。

 

もちろん海外版なので内容は全て英語。当時は大学でTOEICとかの勉強もしてたので、今では損なわれた英語力もまだ多少あったとはいえ、ぶっちゃけ9割は理解できない状態。特にファンタジーの世界観ということで、単語の1個1個が難解。人名を話しているのか地名を話しているのか一般名詞なのかすらわからない。それでも、山を歩いたり街を散策しているだけで楽しかったのです。

ただ、やっぱり内容が理解できないと辛いもので、一通りの殺戮を果たしたあたりで飽きてしまいまして。やっぱり日本語版が欲しい…でも当時はこのゲームのあまりのテキスト情報量の多さに、日本語化は絶望視されていたのです。(今ほど洋ゲーに優しくない世界でしたし)

そんな中、たのみこむというHPで日本語化の署名運動が開始されたのを見て、自分もいの一番に参加。まあでも署名運動なんてあくまでも気休めで、こんなバタ臭いゲームを死ぬほどの手間をかけて翻訳したところでペイできるわけがないし、どこのパブリッシャーも手を上げるわけがない…そう思っていたその時…!

そう、あのスパイクがなんと日本語化を発表!これは嬉しすぎた。もうスパイクに足を向けて寝られないレベル(スパイクなのに)。待ちに待った日本語版が発売され、もちろん即買いましてクリアを果たしました。そのため我が家にはオブリビオンが2本存在したのでした。てか日本語版が出たのはもう黎明期はとっくに超えた時期だったような気がするので、今回の趣旨から遠ざかってんな…。

 

その後も『バトルフィールド2 モダンコンバット』に激ハマりして昼夜問わずオンラインに潜ったり、『ナインティナインナイツ』とか言う今思えばたいして面白くなかったゲームをフルコンプリートしたり、『あつまれピニャータ』とかいう謎ゲーを伊集院がラジオで褒めちぎったのを聴いて嬉しくなったりと、色々と渋いゲームをたくさん遊んでいました。

その後、なんか知らんけどMicrosoftが急に日本に力を入れ出して、Xbox360に和ゲーの波が来たんですよね。全く予期してなかったけど、自分の愛してやまない塊魂』『エースコンバットの新作がXbox360独占で発売されたもんだから、なんかものすごい得した気分になりましたよ。『アイマス』とかもこの時期でしたね。ニコニコ全盛期だったな。結局PS3もすぐ買おうと思ってたのに、なんやかんやでここから3年くらいはXbox360だけでイケましたね。

でも個人的には和ゲーより洋ゲーモードになっていて、かなりのゲームを漁りました。まあ変なゲームもたくさんありましたが、やはりこのゲーム業界が最も盛り上がっていたと言っても過言ではない底知れぬ時代。とんでもない神ゲーがいくつも潜んでおったのです。その中で、Xbox360で一番プレイ時間の多かったと思われるソフトGears of WarそしてMass Effectに出会うのです。ここから俺のXboxライフは全盛期に突入するのだった…。

長くなってきたので続きはまた今度。

 

 もともと『バトルフィールド1942』というPCゲームを触っていたので馴染みぶかかったけど、このゲームもあまりの高画質っぷりに眩暈がした。同時期に発売された『コール・オブ・デューティー2』(通称COD)もやったけど、自分は一貫してバトルフィールド派でしたね。まあCODはその後覇権ゲーになるのですが。

 

 次世代のワラワラ感だけで押し切った作品。たしかに一撃で500キルくらい出来た気がするけど、それに辿り着くまでが相当ストレスの溜まるゲームだったような。それでも100時間くらいはやったと思いますわ。

 

 『あつまれどうぶつの森』じゃん!「ピニャータ」っていうのは中にキャンディとかお菓子が入っている、メキシコのお祭りで使われる可愛い入れ物なのです。そんなピニャータが生きてるって設定のゲームで、愛らしい動物たちと触れ合って、遊んで、育てて、最後は叩き割るというかなりクレイジーなゲームでしたな。