日本映画専門チャンネルで放送されていた『平成ジレンマ』を観た。
最近の子供はみんな"いい子"である。
しかし、本質的に子供がもともと"いい子"で生まれてくるわけではない。
それは、叱られたくないから"いい子"の演技をしているだけだ。
今はその演技の仕方をテレビやネットが教えてくれる。
子供というものは、"いい子"じゃないから叱られる。
そして叱られるから成長する。
これが戸塚ヨットスクールの校長、戸塚氏の信念である。
現代日本では、教師と生徒の立場が逆転してしまっている。教師の立場が著しく弱くなり、生徒側が指導方法をコントロールしてしまえる状況だ。これを戸塚校長は日本の教育制度の崩壊だと唱えている。このままでは子供はまともに育っていかないし、そんな子供たちが大人になったとき、誰か新たな世代を率いていくのか。これは国が抱える大きな課題であると言う。
まあ要は、生まれつき"いい子"なんてものは存在しないので、大人が子供をしつけない現状では、成長しない空虚な人間ばかり育ってしまうというのである。
体罰に関しての是否は一旦置いといて、この理屈は個人的に共感できる。やはり指導者を立てられないような教育現場では、まともな人材育成などできないと思う。世間やマスコミは、しつけと体罰を切り分けず、全て単なる暴力として捉え問題化し、子供に一切出だしをできないような仕組みを作ってきた。果たして子供たちは守られることで何を得たのだろうか?型にはまった勉強だけを行い、怪我のリスクのあるような授業は撤廃され、教師との距離は開いていき、結果的にほったらかしにされているのではないだろうか。これではどちらにもメリットが無いように思える。
しかし、このような教育体制になるきっかけの一端は、この戸塚ヨットスクールの思想が問題化されたことにも起因している。行き過ぎた体罰は非常に危険だと思う。なぜから子供たちはその力に立ち向かえる力がないからだ。大人たちが思い思いに暴力を振るえば、子供たちはただ傷つき、自ら命を断ってしまうような最悪の結果も生む。
今の子供たちには、"正しく教育された指導者"が必要だ。これは絶対の条件だと思う。
ただ今のままでは、子供たちがその指導者へと育っていくのは難しい。現代日本の教育現場は、深いジレンマを抱えていると言える。この問題は未だに解決することなく、じわじわとこの国の未来を蝕んでいるように思えるてならない。
東海テレビドキュメンタリー映画シリーズの第一作。月並みだが、物凄く考えさせられる内容であった。