SOUTH PARKの住人

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映画レビュー「レディ・バード」

レディ・バード」2018年

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★★★★☆

全米では2017年11月公開。シアーシャ・ローナン主演。

第90回アカデミー賞で作品賞ほか6部門にノミネートしている。「フランシス・ハ」などで主役を演じたグレタ・ガーウィグが監督を務め、女性として史上5人目のアカデミー監督賞候補になった。

 

カリフォルニアのサクラメントに住む女子高生のクリスティンは、冴えない土地での生活に閉塞感を抱きつつ、あこがれの大都会での生活を夢見ながら、高校生活最後の年を送る。そんな中で、恋愛や家族、友人や将来のことを考えながら揺れ動く様を、コミカルに描いた青春ドラマである。

 

サクラメントという田舎町が"世界"。そんなショボい日常に嫌気が差している日々。NYの大学に行きたいと熱望するも、母親に「そんなお金はない」と一蹴される。抑圧された生活の中で少しでも背伸びがしたいクリスティンは、自らをレディ・バードと名乗る(勝手に芸名みたいなのを自分でつけている)。

自由奔放ですぐ言いたいことは言っちゃって大人を怒らせる。イケメンと両想いになって道端で「イエアーーー!」って発狂するくらい青かったり、教会で友達とエロい話しなが寝っ転がったり、中絶反対講習の人に「あんたの母親が中絶してたらこのつまらない会は無かった」とか言って停学になったり。

このようになかなかの傍若無人なキャラクターである。とはいえ非現実的な不思議ちゃんや不良ではなく、あくまでもティーンエイジャーとして「いそう」なリアルさで収めている。

馬鹿馬鹿しくて笑える高校生の日々を追ったコメディなのだが、最後は素晴らしすぎる感動の展開を迎える。

 

 

※ネタバレあり

 

 

この映画のもう一人の主人公として描かれているのは母親である。娘視点で見ると頑固で独り善がりな嫌な親に見えてくるのだが、実はそこには理由がある。

夫はリストラを受けうつ病になっており、息子も就職せずパンクな格好して遊び歩いてある。ちゃんと仕事をして家庭を支えているのは自分のだけ。また自分の幼少期に母親が酒に溺れ、愛情を注いでくれなかったという過去を持っている。そんな中で、娘のクリスティンは幸せにしてあげたい、だからそばにいてほしい、というある種わがままではあるのだが、愛の深さゆえに冷たい態度をとってしまうのだ。

 

もちろん高校生のクリスティンにはそんなことは理解できない。自分の夢を潰そうとしてくる敵だ。母から貰った名前ではなく「レディ・バード」と名乗るのもその反発心からである。でもクリスティンは母親のことが好きなのだ。自分の夢を認めてほしい、愛してほしいという想いから、反抗的になってしまう。

時折、仲良し母娘にしか見えないようなやり取りも描かれる(ドレスのくだりとか)。本当はお互いを愛していて仲良くしたいと想っているからこそ、この言葉にできないすれ違いが切ない。誰が悪いわけでもないのだ。

 

その後、クリスティンは母親に黙ってNYの大学に願書を送り続け、めでたく入学が決まり、家を出ることになる。怒りのあまり母親は口を訊いてくれなくってしまう。「お願い許して!」と泣きながら懇願する娘の顔も見ようとしない。そして、ろくな言葉も交わさずに、別れの日を迎える。

 

ここからラスト10分。

母は最後までそっけない態度を取り続け、車で空港へ送っていくだけで、あっさり娘と別れてしまう。旅立つ日まで関係は修復しなかった。

見送りは父親に任せ、まるでせいせいしたかのような表情で1人車を発進させる。フラッと空港の出口まで車をしばらく走らせると、おそらくターミナルから数百メートルも離れていないわずかな距離だろうか。数分前まであんなにも冷たく娘に当たっていた母の目から涙が溢れてくるのだ。遠く離れていく娘に、すぐにでも近づきたいと言う想いで慌てて引き返し始める。しかし戻ったときにはもう娘の姿はなかった。父親はそうやって引き返してくるのをわかっていたかのように、妻を抱き締める。「大丈夫、またいつか帰ってくるさ」。

 

この一連のシーン、もう泣かずにはいられない。これまでの母と娘のドラマの積み重ねがここに収束する。泣かないわけがない。しかも母がここまで想っていてくれたことをクリスティンは知らないまま旅立ってしまう。最後まですれ違ったままなのだ。切ない…。

 

そのあと、NYに旅立ったクリスティンが、いきなりバーで飲んだくれて行きずりの男とセックスしようとしてゲロ吐いて病院に運ばれたりして、ダメダメすぎてちょっと涙腺は回復するのだが、この後さらなる感動ポイントがある。

 

NYで一人暮らしを始めたクリスティンが、鞄の中に入っていた手紙を発見する。それは、母が娘へ宛てた手紙だった。実は母はその手紙を書いた後に自らゴミ箱に捨てていたのだが、父親がこっそりゴミ箱から拾って鞄に忍ばせていたのだ。娘に渡すのを躊躇い、くしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てられていた手紙。つまりそこに綴られているは母の本当の心の声であることがわかる。

 

その手紙には、母が自分を本当に愛していたという想いが書かれていた。手紙を読み、クリスティンは高校時代に車の免許を取って、初めて運転席から見た生まれ育った町の景色を思い出す。そして、運転するクリスティンと母の姿が重なりフラッシュバックしていく。それは今まで助手席から眺めていた母が見ていた景色だ。この時初めて、母がなぜあんなに冷たく自分に当たっていたのか、NY行きを許してくれなかったのか、そして自分がどれだけサクラメントを愛していたかを理解したのだろう。(だってあんな田舎だなんだ文句言いながらSacramentoって書いたTシャツ着てんだもんね) そしてクリスティンは実家へ留守電を残し、「私はクリスティンという名前を気に入ってる。今までありがとう、愛してる。」という、今まで絶対に言えなかった想いを、母と生まれ育った町へと送った。この言葉を母が聞いてくれるのかわからない。でもそれを伝えた表情は今までとは明らかに違っていた。物語はそこで幕を閉じる。

 

運転しながら景色を眺めて母と重なっていくシーンは、個人的にこの映画のベストシーンだった。自分も、小さいころから何年も歩いていた地元の道を、初めて運転して通ったときの不思議な感慨深さを未だに覚えていて、今でもたまに思い出すことがある。運転席に座ったことで、親の気持ちが少し判ったような気がしたのかもしれない。だから、この車で母娘が重なっていく演出はグサグサに刺さり、めっちゃ胸に来るものがあった。車の運転シーンでどんだけ泣かしてくるのか。

 

でも結局、最後まで二人は直接思いを伝えあったわけではなく、母娘の関係がどうなったかわからない。修復したのか、すれ違ったままなのか。でもそこを敢えて語らず、観る側に想像する余地を与えることで、最後の車のシーンの深みがグーーーッと増すのだ。

本当に素晴らしい傑作。親元離れた映画好きは、男女関係なく皆見るべし。

 

※爆笑したポイントとしてこれだけは言いたいのだが、演劇の先生のアメフト的指導シーンが面白すぎた。あそこだけキレありすぎ(劇場で笑ってたの俺だけだったがわかる人は絶対面白い)。監督には本格コメディを撮って欲しい。

 

「レディ・バード」オリジナル・サウンドトラック

「レディ・バード」オリジナル・サウンドトラック

 

音楽もめっちゃいいです。