SOUTH PARKの住人

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映画レビュー『100日間生きたワニ』

原作の『100日後に死ぬワニ』とは、モラトリアムの最中に居る若者たちのどうでもいい日常の切り取り集のような漫画である。

 

それ自体は別に面白くもなんともない話なのだけど、死という明確な終着点を設けるというフックを付け加えるだけで全ての描写に意味が生じる、という設定先行の話である。

これはある意味、数多ある「死」をクライマックスにしている映画やドラマへの皮肉が凄く込められているというか、他所のカップルの恋愛話もどちらかが最後に死ぬと思えばいい話と思えてくるみたいな。逆に言うと、我々の人生そのものが「死」に向かって進んでいるという事実を、否が応でも意識せざるを得なくなり、教訓としての要素も取り入れられているので、そりゃどうやって死を迎えるのか続きが気になるよねって話である。

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(それほど絶大なインパクトがあった1話)

 

生物の本能として、死を題材にすれば全てが尊く感じるというのは強力なんでしょうね。見も蓋も無いことを言うと、ちょっと「死亡フラグ」を立てるだけで目立たない脇役キャラも光って見えるっていう、映画で多用される描写がそれ。

名作とされているものは往々にしてそういうテーマが含まれていることが多くて、『フランダースの犬』なんて今となってはオチが知られすぎていて、もはや死へのカウントダウンの物語とも言える。『タイタニック』だって沈むとわかってるから、より面白く感じるのであって。

 

『100ワニ』はもはや死亡フラグ大全集みたいなもので、あらゆるパターンが用いられている。創作物に対して穿った見方をする自分からしたら、やけに幸せそうな日常ってだけで、尊さを感じさせようとするフラグを感じるし、いよいよ「この戦争から帰ったら結婚するんだ」なんて言われたら逆に絶対死なないんじゃないかとかまで思ったり。

『100ワニ』はそういう意味では結構ベタである。死という重いテーマを描くには節操の無い感じはするけど、「Twitterでの連載」「無料で見れるもの」「毎日更新してくれる」ってあたりで許容されていたのかも。


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本作『100日間生きたワニ』は前半、後半で明確な2部構成になっていて、前半はいわゆる原作のワニが死ぬまでの展開を描き、後半はワニの死後、残された人々の物語を描いている。やはり本映画の注目したいポイントは後半の、原作には無いオリジナルのドラマである。

ワニが死んでから100日後からの物語で、視点はワニの親友であったネズミへと移り変わる。描き方としてまず好感だったのは、死の詳細を一切描かない点。(原作と同じである車に轢かれたことを示唆する割れたスマホのみ)

さらに、ネズミたちもワニが死んだことへの言及は一切しない。「ワニが死んでから100日後」という月日が友人たちの生活にどういう変化をもたらしたのかを、説明台詞を用いずに、淡々と空気感だけで表現する点が良かった。

ワニの死について誰も話さないし、友人グループは離散してしまっているし、生前に交わした約束を叶えられない現実に直面するなど、親友を亡くした経験が無い自分でも「きっとこんな感じで振る舞ってしまうだろうな」という生々しさがある。映画的には「単純なお涙頂戴話」に走ることは容易だったはずだが、そこは丁寧に避け、さらに2部制の構造を活かし、前半から後半にかけての喪失の追体験に焦点を当てている点は、流石の『カメラを止めるな!』監督の手腕であると感じた次第。

ちなみに死亡後は、エンドロールに至るまでワニは一切登場せず、回想演出などもない。その姿は写真に残るのみという演出も個人的に好物である。(神木くんを使う予算が尽きたとかではなく、たぶん)

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後半の物語のテーマは友人を亡くした者たちのドラマであるが、実はカギを握っているのは、新キャラのカエルである。

初登場からチャラ男的なテンションで現れ、明らかにウザく、異物として描かれている。見た目が少しワニと似ているところが、余計に不快感を増している。こいつがワニの代わりになることはありえないし、ネズミたちの友人になることもない、という感情移入を誘うような作りである。

この展開は本作を観ていて、個人的には一番面白かったポイントである。カエルが物語を無茶苦茶にかき乱していく様子は、「俺は一体何を見せられているんだ…?」と不安な気持ちになったし、「やっぱりこの作品はおかしいのか」とか「電通が余計なことをしたのか」とか「きくちゆうき氏の復讐なのか」とか色々と頭を過ぎってしまったが、展開が全く読めなくなるという点では映画を観ている楽しさを思い出させてくれるものであった。(好き嫌いはあると思いますが)

まあその後、ちゃんとカエルの人物像が紐解かれ、実はこの行動には理由があることが明かされる。このネタの明かされ方はとても繊細なので、恐らく本作を観た人が一番揺さぶられる白眉シーンだと思われる。山田裕貴氏の演技力もあって、正直泣いた。


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(最初は途中退席されてもしょうがないくらいウザいので注意)

 

この後半の物語は、死んだワニがそこにいたはずだった(いることを誰もが疑わなかった)世界である。友人たちにとってワニの不在は、日常から「当たり前」という言葉を奪っていってしまう。

どんな時でも、何をしても、そこに本当は彼が居たはずだったと感じ、彼が歩むはずだった人生を、彼が不在のままで歩いてもいいのかと逡巡してしまう。それほどに、共に同じ目線で人生を歩んできた友人を失うということは、全てを塗り替えてしまう。辛い現実だが、このような悲劇は恐らく我々の日常にも溢れているのだ。

 

世の中の映画やドラマで、親やきょうだいを亡くしたり、伴侶や恋人を喪う話は溢れているが、友人を失うことだけに焦点を当てた物語はあまり多くないと思う。恐らくだが、一生の中で友人という存在に依存する期間が僅かだからか、共感が難しいからではないかと思う。でも自分は、人生の中で将来を左右するのは、家族ではなく友人の要素が大きいと思っている。友人というのは自立の象徴であり、親元を巣立った子供が初めて得る、第二の家族だとも言える。(自分は一人っ子なのでより強く感じる)

 

友人を亡くされた経験がある方が本作を観たら、非常に心に刺さるのではないでしょうか。少なくとも、炎上した電通騒ぎのような邪な臭いはこの映画からは感じなかったし、真摯に真っ当に作られた作品であると感じた。

親友を失ったネズミたちの止まってしまった時間が、どのようにして動き出すのか、本作が出した答えは非常に納得のいくものであったので、見る価値はあったと思います。


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で、ここからは問題点。

ありますよ、もちろん。

 

後半は褒めたものの、前半の説明不足感は否めない。明らかに「原作を知っている前提」の作りなので、どういう経緯でワニがセンパイに惹かれているのかや、ネズミやモグラとの友情がどれだけ大事なものであるかは、この映画だけでは全く伝わらない。「原作を知っている前提」が許されるのはファンムービーの特権であって、ファンが極めて少ない『100ワニ』でこの作りをしてしまうのは、若干の傲慢さを感じてしまうかもしれない。もちろん一大ムーブメントを起こしただけあってストーリーの認知度は高いだろうが、それでもほとんどの人は覚えてないだろうし、あの時真剣に追っていた人ほど遠ざかっているという現実がどうしても障壁となっている。

 

数多の炎上で失ったファンの分、新たな層を取り込むのであれば、こういう点こそ丁寧に作るべきだったと思う。大炎上をやらかしておきながら新規獲得を放棄してしまっては、興行的な大爆死もしょうがないと感じる。(まあだからといって長尺にしてもシンドイし、後日談だけにするわけにもいかないし、そもそももう期待値が0に等しい状況で制作予算もかけられないだろうし、企画発足の時点でどう転んでも成功は無理だったと思うけども…)

 

あと、映画本編の演出がスマートだった分、スタッフロールで流れるいきものがかりのド直球の歌詞が激しくノイズであった。せっかく本編では、説明台詞を極限まで抑えていたのに、これでもかというくらい「悲しいよ辛いよそれでも生きていくよ」を歌うので、興醒め感は拭えない。(やっぱり作品を殺してるのって外部の力なんですかね…)

 

レビューでよく見受けられる「絵が動かない」というのも事実。まあ必ずしも動けばよいというものではないが、ゲーム大会とか作中映画とかを微妙なアニメーションで見せられても…とは思った。60分しかない本作を1900円払う価値を考えると、やはりもっと手間暇かけられていてほしいと思ってしまう。

 

声優陣の豪華さは言うまでもなく、このキャストで別の映画を撮って欲しいと誰もが願うような面々。しかし、この面子を持ってしても現代の若者スラングを音声化すると妙に居心地が悪い。リアルな会話表現は原作の魅力の1つではあったが、映像化するとなるとまた別である。

「あれし」「ですな」「行くっしょ」みたいな、極めてニュアンスが微妙な口語的言い回しを、ただでさえ動きのないアニメで、しかも表情の少ない動物キャラの中に落とし込むのって相当困難なのではないだろうか…。(どうしても棒読みに聴こえる)

そういう意味では、新キャラのカエルのいかにも創作っぽいキャラクターの方がしっくりしていたし、映画映えしていたように思う。


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(4コマだったから可能だった表現なのでは)

 

総括として、個人的には楽しめたが、周囲にオススメできるかというと首を縦に振れない。トータルとして面白いか面白くないかを評価するのであれば「普通」というところに落ち着くだろう。前述した通り、結局のところファンがいないのにファンムービーのような作りにしかなっていない矛盾が痛い。

 

でも、我々が生きていく中で、もし突然の事故で親友を亡くしたらどうするだろうかと考えさせられる点は大きい。本作の登場人物は所謂、モラトリアムから抜け出せないフリーターである。親元を離れているが結婚はしていない、家庭を持っていない存在。そんな者たちの心の支えとなるのは、友人である。同じ境遇の中にいる最大の理解者だ。ワニの死後、一人でカップラーメンをすするネズミの胸中は、恐らく当事者でしか計り知れないと思う。それでも災害や事件により若くして失われる命は日々存在する。

 

いつ誰しもに降りかかるかもしれないという意味でも、非常に普遍的な教訓を持ち合わせた物語であり、末永く愛され、慈しまれる作品として、語られてほしかった。が、そんな世界線は存在しないのであった…。もう一般向けな巻き返しは絶対に無理だから、カルト作品として一部の天邪鬼達に愛される道しかないだろう。(本も買って映画も初日に観た俺が言うのだから間違いない)

でも自分は『100日後に死ぬワニ』の物語自体はやっぱり嫌いになれないのだ。観る人にとって、普段どれだけ自分や周りの死を意識して生活しているかで、評価は変わってくるかもしれない。

主題歌はいきものがかりの『TSUZUKU』。何でもローマ字にすればいいわけじゃないぞ。てかZUだと『つずく』になるのでは…。

なんとサントラは亀田誠治が手掛けている…。