道徳の授業が差別を助長している気がする話。
小学校で「道徳」の授業があったと思うのだけど、その中で未だにずっと違和感があって今でも覚えている話がある。
教科書のとあるエピソードで、登場人物の母親が自分の子供に「ゴミ収集業者の人を差別するのはダメなことなんだ、世の中には色んな仕事があるんだ」というようなことを説教する話。
それを読むまで自分はゴミ収集業者の人を一度も差別的に見たことが無かったので、なんでこんな話が掲載されているのか全く意味が分からなかったし、むしろ急に一方的な思想を押し付けてくるその親に対して理不尽さを感じてた。
その時初めて自分は「ゴミ収集者の人を見下す大人がいるんだ」と初めて知ったし、「これはあなたの教育のためなんだよ」と言いながらおおっぴらに差別をしている大人の偽善者的態度に嫌悪感を覚えた。それまでは意識すらしていなかったのに、それ以降毎回ゴミを捨てるたびに思い出してしまう。
差別の話を道徳的視点から説くには、被差別側の人が登場することになるし、無知な子供からしたら「差別の対象」をわざわざ教えられていることになる。しかも教科書に載ってることによって、「一般的に差別されがちな層」みたいな偏向思想を正当化しているような押し付けを根底に感じるので不快である。
差別を生むのは、「差別しちゃだめ」と被差別対象者が誰なのかを子供に教える大人に原因がある。差別なんてのは所詮集団心理であるから、そう植え付けられたら子供にはどうしようもない。
特にゴミ収集業者を差別するなんて発想はたぶん極一部の少数派の人間の思想だと思うし、余計にこんなものが教科書に載っていたという事実が気味が悪い。むしろゴミ収集の方は公務員であり、待遇面でも普通に勝ち組だし、書いたやつの嫉妬じゃねーのってくらいおかしな話。教育をフラットな思想の下に置くことはできないのだろうかね。どっかネジが外れてることが多い。