SOUTH PARKの住人

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ずっと考えていた器用貧乏のワケ

昔から何でもそれなりにできた。何でも卒なくこなせる。でもそれを活かすことはできない。そんな器用貧乏ってやつがいる。「うしおととら」を読んだことがある人なら、秋葉流を想像してくれ。

器用貧乏ってなんで生まれるんだろうって考えた。器用ならそれを活かしてプロフェッショナルになればいいのに。なんでそんな中途半端な存在になってしまうのか。

これを考えた結果、結論がでた。自分が器用にこなせる分野にしか身を置いていないことが原因なんだ。それは心理的側面から見たら、極度に打たれ弱いとか、人見知りとか、めんどくさがりとか、そんな壁をぶち破れない心が保守的にさせてしまってるんだ。

器用貧乏は色んなことをやっているように見せて、自分を騙している所が一番厄介で、実際は苦手なものから逃げて回ってるだけであることから目を背けている。結局自分が卒なくこなせることだけやってても、人生楽しくないんだよな。「どうせできる」とか「どうせやれる」とか思われることって、つまらないんだよ。成功するでも失敗するでもないフィールドには誰もいないから孤独なんだよ。だからプロフェッショナルになるっていう向上心が湧いてこないんだ。

だから多分この気持ちが分かる人は、常に似たような焦燥感を抱いていると思う。自分の想像の範疇に収まる人生なんて何も面白くないって。でもそれは壁を破れない自分のせいだ。無茶苦茶不利な世界に身を置いてみたら、それだけの敗北感に襲われるだろうけど、その分目指すものができる。そこに勝負できるからどうかは自分の胆力次第だ。

相手を裏切ってこそ面白いんだよ。意外性のない人間なんてつまらないでしょ。「そんな人だとは知らなかった」って言われる方が嬉しい。器用貧乏な自分を受け入れて、中途半端な器用さなんて全部捨ててしまえばいい。自分が自信を持って本気で取り組めることを見つければいい。失敗しても成功するまでやり続けられるようなものを探せ。

これを書いてたら秋葉流の気持ちがようやく解った気がした。あいつにずっと心の風が吹いてる理由が。あいつは死ぬ寸前にようやく風が止んだけど、そうなっちゃいけないって教えてくれてたな。